« 再び感動をいただきました! NO.209 | メイン | NO.211 インターン生 萩原康輔編�� »
2007年03月25日
先生、心からご冥福をお祈りいたします NO.210

比奈知遺族会の皆様の結成60周年を記念して建立された霊銘碑の除幕式に出席。平和を守る心を次世代につないでいくことの大切さをあらためてかみしめる。

元町の簗瀬稲荷神社の初午祭。ちょっとわかりづらいですが、壇上から餅まきをしているところ。

名張市美術作家協会のみなさんの作品展(リバーナホール)

同日に開催された同協会の設立15周年記念式典(ブランカ)にて。22名の作家の先生方が舞台に勢揃い。研ぎ澄まされた感性あふれる作品で、わたしたち市民を大いに刺激してください!
今日、名張で長く小児科の医師をしていただいていた上島先生が亡くなられたと一報をいただいた。22日にお見舞いに訪ねたばかり。残念です。実は、上島先生には、子どものころ大変お世話になった。自分の命を助けていただいたと言っても過言ではないくらい。小学校2年生当時、ワタシは急性の腎炎にかかっていた。当初、市内の内科で診てもらっていたが、病名(原因)がわからず、どんどんと進行していくばかり。思い余った両親が、上島先生のところへ連れていった。いまでこそ、急性の腎炎は特効薬があり、比較的簡単に治る病気だが、当時は、まだ治療薬や治療方法も確立されてなかった。そればかりか、なかなか見つけにくい病気の一つだったようだ。当時、何故か市内の学校で流行っていたこともあり、上島先生には、すぐに急性の腎炎と診断してもらった。ほおっておけば、命にかかわるほど重病になっていた可能性もと言われた。以降、先生と母親と二人三脚での治療に。治療といっても、特効薬がない時代なので、起きあがることも許されない絶対安静状態と食事療法を約3ヶ月ほど続けた。腎炎は痛みがないので、小2のガキンチョにとっては、「じっと寝ていること」、「お菓子を食べてはいけない」ほど苦痛なものはなかった。3ヶ月後に、半日だけ起きあがっていいと先生に言われたとき、涙が出るほどうれしかったことを今でも覚えている。チョコレートやカレーが食べれたのは、1年以上!?たってからだったと記憶している。結局、先生のところには、小学校を卒業するまで、つまり約4年間通った。医院の待合いや、周辺ご近所が、ほとんど毎週通院するワタシの遊び場だった。「もう大丈夫。何があってもこれから先はもう今までの病気の影響はないから」と言われ、先生のところを卒業した。今、こうして健康で自分のやりたいことを思う存分やらせてもらえるのも、上島先生と母のお陰と感謝している。なかなか順番が回ってこないなと思って診察室を覗いてみると、いつもどこかの母親をつかまえて説教している先生、休憩したくなると、趣味の観葉植物がある温室に逃げ込んでいた先生、なつかしく目に浮かびます。入院先であまり容体がよくないとお聞きし、何十年ぶりかに訪ねた先日には、もうお話ができませんでした。お陰様で元気にやらせてもらっています。先生、本当にありがとうございました。心からご冥福をお祈りいたします。
投稿者 boss_blog : 2007年03月25日 23:19