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2011年07月14日
ちょっと長いですが・・・ NO.782
今年度、ワタシは三重県議会の「東日本大震災に関する復旧・復興支援調査特別委員会」に所属しています。3月11日に発生をした東日本大震災は、激しい地震と巨大津波によって、1万5千人以上の方が亡くなられ、現在も5千人以上の方が行方不明となっている、未曾有の大災害となりました。ライフ・ラインの復旧はもとより、徐々に街の復興に向けて動き出している地域もあるようですが、いまだに10万人近くの方が避難生活を強いられてる状況も続いています。
ワタシ自身も、5月には、地元名張のご当地グルメとして売り出し中の「牛汁協会」の皆さんと一緒に、宮城県塩竃市に炊き出し支援に行ってきました(別掲)。現地の被災状況は本当に激しく、どうやっていけば街が再生されていくのか、想像できない感覚でした。
三重県では、震災発生直後の緊急消防援助隊や広域緊急援助隊(警備部隊)、災害派遣医療チームの派遣から始まり、被災地の避難所支援や応急給水活動など、延べ1500人以上の職員を現地に派遣し、多岐にわたる支援活動を行ってきました。被災地の支援される側も、現地に赴き支援する側も、まさに今まで経験したことのない状況だけに、その支援活動の大変さは想像を絶するものがあります。関係者の皆さまに感謝と敬意を表します。
さて、そんな中、県議会に設けられた特別委員会では、これまでの三重県の支援策が被災地や被災自治体にうまくマッチングしてきたのか、同じく支援に取り組む県内の市町やNPO,民間ボランティアとうまく連携がとれてきたのか、などを検証し、今後の被災地、被災自治体への支援のあり方を提言していくこととしています。
6月8日には、県の関係部局から現在までの支援活動について説明を受け、続く6月22日には、参考人という形で、支援活動に従事されて皆さんのお話を直接聞かせていただきました。以下は、その概略をまとめたものです。
�ゞ杁涵男謬濬�隊として赴いた四日市市消防本部の方から
総務省消防庁の指示で当初は千葉県市原市へ消火活動に、その後宮城県仙台市で行方不明者の捜索・救助活動に。千葉のコンビナート火災には、四日市のコンビナート火災対策用の作業車が役立ったようです。まだ、大きな余震や津波の可能性がある段階での活動は、危険を伴うものであり、作業現場への正確な情報伝達が求められます(作業中、5mの津波襲来の誤報があり、緊張が走ったそうです)。
��給水活動に赴いた津市、四日市市、桑名市の水道局の皆さんから
社団法人・日本水道協会からの要請により、宮城県松島町へ給水の支援活動に。地元の消防団の皆さんが道案内をしてくれ、配給には自治会の皆さんが整理券を配るなどして協力をしてくれたようです。一人6ℓとして、配布しましたが、容器もない方があるので、応急給水袋で対応したとのこと。医療施設も断水しており、非常に厳しい環境にあったようです。
�3惺散杁淹抉腓防襪い織好�ールカウンセラー(臨床心理士)の方から
宮城県からの要請を文部科学省経由で受け、気仙沼市の小中学校へ。スクールカウンセラーを経験をした臨床心理士ということで赴く。支援は、学校の日常を取り戻すことのお手伝いで、ケアの対象は学校の先生。子どもたちは場面場面を通じて様子を見るところまで。課題して、心理支援の窓口の一本化の重要性と、マスコミの問題(被災地の先生が取材で子どもたちをさらしてしまったいう思い)を挙げられました。
�ぁ屬澆�発!ボラパック」を企画してきた「みえ災害ボランティア支援センター」の方から
岩手県山田町に支援センターを立ち上げ、活動中。山田町は岩手県沿岸部で、アクセスしにくいところなので、当初から一番ボランティアの数が少ないため、選んだ。4/1から先遣隊を送り、情報収集と信頼づくりにつとめ、4/28からボランティアを送りこんだ。ボランティアと被災地のマッティング、人の送迎、案内、注意事項の周知、備品の提供などを行ってきた。およそ2年半の支援計画を立てている。課題としては、情報の一元化(同じことをきいてしまう。他のグループの活動がわからないので、調整、連携ができない)。事務スペースが現場にあればいい。会議をやる余裕はないが、同じスペース、もしくは隣にいるだけで情報交換ができる。県内市町のボランティア・センターとの情報交換したいが、まだ未着手。それと、支援する相手先は同じ自治体にすべき。医療、行政、ボランティア、行き先がバラバラでは情報共有できない。これからは仕事の再会、就業の支援、心の復興が必要と思う
→みえ災害ボランティア支援センター
�グ緡典澹酥匹鯒標�いただいた三重県病院協会理事長から
岩手県と調整し、陸前高田市に派遣することに。三重大学付属病院はじめ県内の公立、民間病院からチームを結成し、ローテーションのもと派遣を行う。赤十字や済生会等は、系列で別途支援に。当初は、被災地へのアクセスにも苦労し、インフラも整わず、しかも、県立高田病院は4階まで津波の被害にあい、カルテも調剤薬局も流されている状況の中、コミュニティセンターに拠点を移し医療活動を行った。帰県したら「チームみえ」としてレポートを提出してもらい情報を蓄積してきた。医療に関わっての課題は、災害救助法から保険診療に切り替わることが問題。厚労省の判断だが。また、現場と県行政とのギャップも問題(現場は、さらなる派遣を求めているが県はもういいと)。まだ支援が求められているが、あと3カ月くらいか。
��心のケアチームを派遣いただいた三重県心の健康センター所長から
宮城県、厚労省からの要請で宮城県石巻市へ「心のケアチーム」を派遣。被災地での精神医療や被災者に対する精神的なケアを行う。災害発生時は従来からの患者の症状悪化への対応や急性期への対応が中心だったが、徐々に避難所の巡回や家庭訪問、地元消防などの支援者のケアも行う。課題としては、長期的・継続的な心理的ケアを実施する体制整備。医師、保健師は陸前高田市、心のケアチームは石巻市、やはり一緒の方がよかったのでは。
�Ц獣六抉臘汗依廾�として赴いた県職員の方から
宮城県の災害対策本部に入り、支援のニーズや後方支援のあり方、他県との情報交換などをミッションとした。また、三重県職員の塩竃市等への派遣について、作業状況確認や体調のケアも担う。現地での活動が、6月に県庁講堂で実施した「がんばろう!宮城復興フェア」の実施につながる。
こうしてお聞きすると、いくつかの課題が。まずは、県庁各部局が国の省庁や全国知事会の指示を受け、縦割りで動くので、支援先の被災自治体がバラバラになっていること(市町は全国市長会や全国町村会からの要請)。せっかくの現地で集めた情報が横につながることがなく、生かされません。二つめには、NPOをはじめ多くの市民活動グループが被災地に入っていますが、情報の一元化や情報交換の場が必要です。また、こちらに戻ってきてからの情報交換の場もあればいいかと。医療や心のケアは長期的継続的な支援が求められるにもかかわらず、支援の形が見えません。医療現場は今どこでも厳しい環境にありますが、被災地での支援活動が、その後県内の医療にもプラスになることがたくさんあると思うのですが。今後も、議論を続ける必要があります。
投稿者 boss_blog : 2011年07月14日 22:12